2011年10月28日金曜日
国の滅亡を防ぐものは何か
出典:黙示録の大予言:211~212頁
加治木義博(言語復原史学会)・ムックの本・KKロングセラーズ
《国の滅亡を防ぐものは何か》
1993年12月15日に、
ガット・ウルグアイ・ラウンドが完結して、
自由貿易の原則が確立するまでは、
世界は各国による「保護貿易時代」だったと定義できる。
もちろんそれも絶対的なものではないが、
一応「全世界が、保護貿易の弊害を認識して、それを廃止する方向に足並をそろえた」
という点でしめくくると、
この日を境に
「保護貿易時代」と「自由貿易時代」の「二つの時代」を対比させることができるからである。
その保護貿易とはどんなものだったか?
それは「貿易戦争だった」と定義できる。
少しでも多くの外貨を稼ごうと、政府が企業を援助し、
あらゆる便宜を与えて、安くタンピンクして輸出させる。
競争国も同じことをすれば、それは国をあげての競争になる。
この場合の武器は生産力であり国力である。
その結果は弱い相手国は衰え、敗北する。
だから兵器こそ使わないが、国家総力戦と多くの点で同じものになる。
「保護貿易とは、形を変えた戦争だった」というのが正しいのである
(戦後の日本は「株式会社日本」と非難されてきた)。
そしてさらにその争いが激化すれば、
敵の売りこみを防ぐために相手国は関税障壁を高くし、
許認可の種類を多くして、外国企業の進出を妨害する。
こうしたごたごたの結果、市場をめぐる紛争が絶えず起こり、
縄張りがつくられ、「共栄圏」という名の「餌場」をつくろうとする。
その同じ市場を狙う力同士がぶつかって、
ついに武力による戦争の泥沼にはまりこんでしまい
、西ではドイツが、東では日本が、旧勢力の包囲を受けて、
それを武力の先制攻撃で破ろうとした。
これが「第二次大戦の真因」だったのである。
それをもう繰り返すまいというのが、
いまの世界経済再編の一連の動きだ。
それに逆らう者は一つ間違うと戦争を覚悟せねばならない。
そのために政府間協議などで抑制しあおうとしてきたのは理性のある行為である。
だが理性のない者の目には、そうしたことがすべて敵の謀略に見えるらしい。
だからあれこれ抵抗を試みる。
その結果、
相手が「これは話の通じない異常な怪物だ」と認定すると、
その国の議会が戦争を容認する。
こうして確実に「世界を相手に本当の戦争を戦う」ハメになる。
企業が悪ければ戦争が起こり、世界を相手に戦って勝てるわけがないから、
その国は必ず滅びる。
だがかりに勝てたとしても、前章で見たように、
それは公害をいっそう深刻化して、まず自分の国をだめにし、
次に世界に災厄をまきちらす。
どちらに転んでも私たちには「救世主」は来ないとしか思えないのだが、
どうなのだろうか……。
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